Profile of EORZEA SYSTEM WORKS

エオルゼア・システム・ワークスへようこそ。

当社はファイナルファンタジーXIV(Final Fantasy XIV, FF14, FFXIV)の舞台「エオルゼア」の未来を照らす光を、情報技術によって灯す、架空のシステム開発結社です。

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  2. 社員紹介

会社紹介

古くて新しい「製作」

開発(development)や製作(production)という言葉は、人によっては懐かしさを想起させるものかもしれません。何故この美しい新世界エオルゼアで旧態依然とした言葉を掲げるのか、その意図することをお伝えするために、まず私達のエオルゼアとは別の「地球」という世界でコンピューター・システムが辿ってきた道程をご案内します。

オフィス・オートメーション(OA)からの出発

膨大な仕事の発生

「地球」の住民は「人間」といいます。エオルゼアとはまた別の世界「ヴァナ・ディール」でいう、ヒューム, エルヴァーン, タルタル, ミスラ, ガルカを指しますが、種族的にはヒュームが一番近いようです。

地球では、この人間の事業が、その文明の発展と共に際限なく巨大化していきました。

道徳的な見地を度外視すると、人間の文明の発展には戦争が一定の役割を果たした事実は否定出来ません。しかし、軍事だけが人の営みというわけでは勿論あり得ません。国勢調査のような国家の一大事業や、それより遙かにささやかながらも各地の商会の事務など、人間が近代的な社会を築いて運営していくには、それこそ星の数ほどの仕事が生じます。

人がもっと豊かになるために、人はもっと働かなければならない。当たり前のようなことですが、ここに見逃せない落とし穴が開いていました。

人の手の不足

人の豊かさの増え方は線形です。1人が幸せになることの100倍は、すなわち100人が幸せになることです。では、それを実現するための仕事はどうでしょう。

自分が自分のためだけにする仕事であれば、満足に、心おきなく仕上げることも出来るでしょう。ところが、仕事の仲間がいると一変します。他人は自分でないのです。

ヴァナ・ディールでは、言葉だけで分かり合えないことの歯がゆさを、多くの冒険者が感じました。これに対して地球では、豊富な相互理解の手段があったといいます。その地球であっても、お互いを完全に分かり合えることなど、ついぞなかったのです。

1人での仕事のやりとりは、自問自答という意味では1通りのやりとりが発生します。2人がお互いの考えを聞かせあうのには、2通りのやりとりになります。3人ではこれが6通り、4人では24通り。これはあくまで説明のための単純化に過ぎませんが、n!という指数的爆発を当てはめると、10人で行う仕事であっても362万8800通りのやりとりが発生します。仕事をするための仕事が出来なくなってしまうのです。

コンピューター・システムの登場

そんなとき、人々はコンピューターを手にしました。

コンピューターとは、ヴァナ・ディールでの自動人形(オートマトン)のような存在です。主人に忠実ですが、獣使いが行使するモンスターや、竜騎士の仲間である竜や、召喚士が呼び出した伝説の召喚獣と違って、生き物ではありません。生き物ではないのですから、適切に管理を行えば、不平一つ言わずに着々と仕事をこなしてくれます。

コンピューター自体の萌芽をどの時点に求めるにせよ、民生技術は軍需用に転用されうるものですし、逆もまた然りであって、コンピューターは瞬く間に人間の社会に行き渡り、各々の場所で人間の膨大な事務作業を肩代わりし始めました。

人々は大いに喜びました。人の営みの上で、一番大切でありながらも、一番お金(ヴァナ・ディールでのギルを指します)が掛かるのは、人を食べさせることです。従って、適確な命令さえ与えれば黙々とその意に従うコンピューターは、蒸気によって機械を動かすという「産業革命」の再来とまで持て囃されました。

とはいえど、コンピューターがあくまでも人間の補佐役に徹していたのが、この時代です。人間の作業を自動化(automation)する"OA"という言葉自体が、それを何よりも雄弁に表現していました。

ちなみに、自動人形それ自体はただのからくりであって、からくり士の介在が必要になります。それと同様に、コンピューターも、そのからくりを動かすための手順やその体系があってはじめて働くのであって、それらの機構全体が「コンピューター・システム」と呼ばれるようになりました。

ソリューションの誕生

問題解決という新たな使命

一つのコンピューター・システムが何百人、ときには何万人分もの人間の仕事を引き受けてくれて、人間社会の効率性は飛躍的な進歩を遂げました。

しかし、人間が行っていた仕事をコンピューターが行うというのは、極論すれば人海戦術と等価でもあります。人は、人で賄いきれないからコンピューターの力を借りただけに過ぎません。

コンピューターの力を得て、さらなる高みへ羽ばたこうとした人間は、いくら人力を費やしても解決出来ない問題が山積していることに気が付きました。

問題の解決策は色々ありますが、いくら優れた考えであっても、それを実行に移せないのであれば、絵に描いた餅も同然なのでした。

では、それらの絵空事の解決策は、一体何によって実現を阻まれていたのでしょうか。

それは例えば際限のない帳票の山であったり、しがらみに満ちた仕事の仕組みであったり、杓子定規な対応によってお客様の不興を買うような機会の損失そのものであったりしました。

ところが、OAの時代から格段に進化したコンピューターの驚異的な計算力によって、これまで人間が試みようともして来なかったことが、次々に実現出来るようになってきました。

そうした例は枚挙にいとまがありませんが、例えば戦略立案のために必要な情報を、膨大な情報の統計を定期的に行って取得していたことに比べて、その日毎の(或いはその瞬間毎の)リアルタイムな状況を得られるようになると、機動的な経営が出来るようになります。流行の後追いでお洒落なブーツを売り出すよりも、その瞬間に売れ筋の流行を察知してパンプスの入荷量を増やすといった芸当が、事も無げに行えるようになったのです。

こうして、人間社会が持つ問題を解決(solve)するという、ソリューションという考え方が世の中を席捲しました。

コンピューター・システムの専門化の弊害

ところで、コンピューター・システムというものはそれなりに奥が深いものでした。例えば前衛(melee)一筋7年という偉丈夫が、ある日突然高位の白魔法でパーティーを後援することは、あまり現実的ではありませんよね。

地球でも、コンピューター・システムのスキルに秀でた専門の技術者が集まってシステム開発の商会を営んで、他の仕事を営む商会の経営に寄与するようなソリューションを提供するという分業が進んでいきました。

当のソリューションという概念は強力でした。単なるシステム開発などは土臭い実装屋の仕事であり、真に尊ぶべきは相手の商会の問題点を酌み取り、ソリューションを提供する洗練された事業ことにこそあると思われるようになったのです。

コンピューター・システムの開発はおろか、設計すらも満足に行えないのに、相手の商会の御用聞きのみで世の中を回していけるようになるという思い上がりの誕生でした。

時に何十億ギルの損失を計上してもなお完成しない「動かないコンピューター」が、「ヴァナ・ディール・トリビューン」のような報道で漏れ伝わってくるのは、一種の諧謔ですらありました。

大きなシステム商会になると、システムの詳細な設計や開発や試験を、殆ど全て下請けの小さなシステム商会に丸投げするような事例もあったといいます。この辺りの事情を鑑みて、街道の整備や王城の建築といったような土建業界が、今風の情報技術に形を変えただけだという見方もありました。

コンピューター・システムは、人間の文明にとって欠かせない要素となったにもかかわらず、いや、そうであったからこそ、それを巡る業界にも色々な問題が発露してきたのです。

そのシステム要件、本当に正しいですか?

さて、システムは専門的であると紹介しました。そうであれば、専業でない商会が考えるシステム要件が、専門家から見れば破綻しているものに成り果てる可能性も否定しきれません。というよりも、むしろ専門家でない人にシステム要件を考えていただくこと自体が、無理なことなのかも知れません。

ことがシステムだけならばまだ良いのです。商会の運営といったことですら、合理的な物の考え方が時として欠けてしまうことがあります。

例えば、性能はそれほどでなくても、安く大量に釣り竿が欲しいという要望があったとします。

凡庸な漁業用品商会ではその通りに釣り竿を用意します。ところが、何故釣り竿がそんなに大量に必要か、じっくりよく話し合ってみると、実は魚料理が大量に必要であったからだったとしたら、どうしますか。

そうであれば、網で魚を囲い込むといった漁法の改良を提案出来るでしょうし、場合によっては安く大量に魚を仕入れられる漁業協同組合を紹介することだって出来るでしょう。

ソリューションの前提となる問題の把握は、なかなか難しいものです。唯々諾々と相手の要件に従っていると、確かに当面の解決をもたらすこともあるでしょうが、真に役に立ったとはいえないこともまたあるのです。

一歩引いた冷静な立場で相手の経営についてコンサルティングを施すといったことは、勿論ソリューションの一環ではありますが、相手への理解と積極的な提案が欠かせないという点で、単なるシステム開発の横流し業務とは段違いの難しさを備えています。

逆に考えると、エオルゼアに暮らす私達が私達の問題を自分で解決するようなシステムは、他のエオルゼアの仲間にとっても有用なシステムになりうるのではないでしょうか。

問題解決のその先へ

蟹は甲羅に似せて穴を掘る

このように、ソリューションはとても大切ですが、根本的にそれはOAの流れを汲む対処療法でもあります。解法(ソリューション)が成立するためには、解決すべき問題の存在を前提としているのですから。

では、「日々の問題を解決するために作るシステム」の主従を逆転させて、「作られたシステムを活用して日々を暮らす」としてみたらいかがでしょう。

神聖な「モグラたたき」から見ると、「まず作ってみた」という遊び心は許されざる罪のようにも見えるかも知れません。

ところが、思っても見なかった新しい物事が、もしかしたらそのシステムによって実現出来るかも知れないのです。

例えば、人が狩猟や遊牧によらず牧畜によって食肉を嗜めるようになったのは、動物を定点で飼育するために必要なだけの豊富な餌を獲得出来るようになったことが理由の一つです。その餌を生産するためには、私達の穀物を生産するよりも多い労力が求められます。経済的に考えれば穀物だけを食べるよりもよほど「割に合わない」食文化なのです。

別の例えでは、情報共有のための基盤があっても、それが武器となって強大なモンスターを勝手に倒してくれるわけではありません。ところで、仕事は一人でする物ではなかったですよね。多くの仲間と協力して戦うための情報共有は大事で、情報が戦略と戦術の帰結を左右するのは常識となっています。

さらに、情報共有基盤自体の威力も見逃せません。定期的にヴァナ・ディールで膝を突き合わせていると、それだけで十全な意思疎通が図られるようにも思えます。しかし、別の場所で、整理された、非同期な通信が可能な手段が登場すると、冒険者はこぞってその利便性を礼賛しました。また、冒険者やその集まりによる情報発信などは、キャンプ以外での冒険者同士の出会いの機会を提供し、より強固な結び付きを実現するに至りました。

前向きに、大胆に

システムによってソリューションを提供するだけではなく、ビジネスをプロデュースする。これからは、より前向きで、積極的で、希望に満ちて、進取の気性に富んだ、ユーザーを驚かせるようなシステムもまた、ユーザーに求められるのではないでしょうか。

私達は、システムによって新しい喜びを生産(produce)することこそ、システム屋冥利に尽きる幸せだと考えます。

格好いいソリューションという文言に踊らされず、果てない勉強が必要とはいえ多少の矜恃もあるシステム開発を行うために、真摯に愚直にプロダクトを送り届ける。その決意を表したいがために、敢えてソリューションという今風の言葉を選びませんでした。

思えば、未踏の大地を探検する冒険家の気持ちとは、まさにこのようなものかも知れませんね。

エオルゼアという新天地で、あなたは、どんな麗しい光景に、どんな強大な敵に、どんな素敵なアイテムに、そして、どんな素敵な友達に出会いますか。

そんな新しい体験のそばに、いつも欠かさず寄り添うシステムを作っていきたい。エオルゼア・システム・ワークスは、大胆不敵な夢追い人であり続けます。

社員紹介

代表取締役平社員・Gardejo

エオルゼアの片隅でシステム開発をしながら冒険を続ける夢追い人。つまるところ地に足が着いていない風来坊である。

地球という世界では、金融関係のユーザー系システム子会社に属しているという。上流工程漬けへの代償行為としてエオルゼアで開発された怪しげなシステムを押しつけられる仲間はたまったものではない。

C, C++, Java, JavaScript, COBOLなどなどを知っているが、一番のお気に入りはPerl。

理想的で綺麗で格好いいシステムを、エオルゼアでこそ実現したいと思っているものの、理想と現実の境界線をわきまえる小賢しさを備えたようだ。

曰く「システム開発と白魔法って、似てるよね!」

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